はじめに
現地日付2026年8月27日(木)から29日(土)まで、米カンザスシティ連邦準備銀行主催の年次シンポジウム(ジャクソンホール会議)が開催されている。
例年ジャクソンホール会議では各国の中央銀行幹部、政治家、経済学者などが参加して、世界経済や金融政策について講演や様々な議論が行われる注目イベント。
今年は米連邦準備制度理事会(FRB)の議長がパウエル氏からウォーシュ氏に代わり、ウォーシュFRB議長の初めてのジャクソンホール会議での講演、そして7月末のFOMCでウォーシュ議長が「ジャクソンホールでの演説内容については検討すら始めていないが、ジャクソンホールで重要な問題を提起したい」と発言していたこと、また最近の経済指標や米財務省の長期国債買い戻し強化発表などを受け、どの様な発言をするのかが非常に注目されていた。
以下、ウォーシュ議長のジャクソンホールにおける講演内容を確認し、それを受けての市場状況について整理しておくことにする。
ちなみにCMEのフェドウォッチツールにおける9月のFOMCでの金利政策確率はウォーシュ議長の講演前日の時点では
- 2026年8月27日の2026年9月FOMCでの政策金利確率
- 3.50%~3.75%(金利据え置き):64.6%
- 3.75%~4.00%(0.25%利上げ):35.4%
と9月FOMCでは金利据え置きが有力となっていた。
2026年8月28日のジャクソンホール会議におけるウォーシュ議長の講演概要
以下は米連邦準備制度理事会(FRB)のWebサイトより引用・抜粋。講演は米東部夏時間(EDT)の10:00から約30分間で、ウォーシュ議長は”Financial Innovation: Implications for Payments and Policy(金融イノベーション:決済および政策への影響)”という題目で講演を行った。
講演の流れと概要は以下の通り。
- オープニング
- 本会議のテーマは「イノベーション」。私は一般の人々や市場がその「集合知」によって、FRB(連邦準備制度理事会)による政策運営のあり方におけるイノベーションが完全雇用と物価の安定の双方を実現する助けになると理解していると信じている
- 今朝お話しする内容は「アウトライン(outline )」と呼んでも「道しるべ(trail map)」と呼んでも構わないが「今後の指針(forward guidance)」と呼ぶのだけは遠慮いただきたい
- Preparing for Future Policy Conjunctures(将来の政策局面への備え)
- 時代は確実に変わり、私たちは今、歴史の転換点に立っている
- 大幅な成長の可能性が高まっており、拡大し続ける資本があらゆる種類のAI関連インフラに注ぎ込まれている
- 連邦準備制度(FRB)はこうした状況を注意深く見守っており、AIが新たな変数-潜在的には新たな生産要素-であり、経済および金融政策の運営に影響を及ぼすものであると認識している
- そして、いくつかの重要な検討課題が浮かび上がっている
- AIの活用は経済全体にわたって生産性の大幅かつ持続的な上昇をもたらすのか? もしそうなら、それはいつのことか?
- トークンの利用は、労働に対して補完的なものとなるか、それとも競合するものとなるのか?
- 次世代のAIモデルはさらに高い資本集約度を必要とするようになるのか、それともモデル自体が資本をあまり必要としない解決策を考案する助けとなるのか?
- 最終的にどのような市場構造が形成されるのか。資本からのリターンがどこに帰着するのか、あるいはどのような時間軸でそれが起こるのか
- 時間の経過とともに、その価値のどれだけが企業や消費者に還元されることになるのか
- 労働者や、FRB(連邦準備制度)の責務の一つである「雇用の最大化」という観点から見て、これらはどのような広範な影響を及ぼすのか
- 我々は、生産性と雇用に関するタスクフォースの協力を得て、これらの問題について検討を進めていく予定
- ただはっきりさせておきたいのは、彼らからの提言は後日示されるものであり、現在の政策判断に直接影響を与えるものではないということ
- それでも私は、将来直面するであろう政策課題に対し、今日こうした知見を蓄積しておくことは、我々の備えを大きく強化するものだと確信している
- Forward Guidance and Its Stand-ins(フォワード・ガイダンスとその代替手段)
- 各タスクフォースが作業を進める中、私はFRBをその目的に適した組織にするための改革を、導入を待たずに進めている
- 一例を挙げれば、私はFRB議長によるいわゆる「フォワード・ガイダンス」の形式と機能を変えようとしている
- 将来の政策決定について早期に公表することに対し、私が長年抱いてきた違和感についてはご存知かもしれない。私は別の道を選ぶことを強く望んでおり、その正当性を主張していくつもりだ
- 将来の政策決定に関するコミュニケーションにおける透明性は、それ自体が美徳というわけではない。コミュニケーションは、FRBの最優先の責務、すなわち「金融政策を適切に運営すること」に資するものでなければならない
- フォワード・ガイダンスが恒常的な慣行として採用されたのは、世界金融危機の際のことであり、当時は不可欠なもので、私たちは大々的にこれを導入した
- しかし、過去の危機が残した他の遺産と同様に、この慣行もまた、その役割を終えていると私は考えている
- 平時において、フォワード・ガイダンスの役割は限定的かつ慎重に定められたものであるべき。そうでなければ、「明確さ」を求めた結果、かえって曖昧さを生み出す恐れがある
- 政策審議の内容を過度に開示したり、将来の決定について過度なコミットメントを行ったりすることは、市場、企業、家計を誤った方向に導きかねない
- 政策を適切に運営するには、金融市場と中央銀行との関係も適切でなければならず、FRBには可能な限り加工されていない明確な市場シグナルが必要
- FRBは経済と市場において極めて重要な役割を担っており、その政策手段は強力なもの。我々は短期金利の道筋を決定し、市場参加者は常に我々の次なる行動を予測しようとする。しかし、市場参加者が次の取引の判断材料として主にFRBの動向を注視するような状況に陥るべきではない
- もし市場がFRBのガイダンスに大きく依存し、FRBもまた市場価格に依存するようになれば、我々は皆、新たな事態の変化を見落としやすくなり、予期せぬ展開に不意を突かれ、政策運営において誤りを犯す可能性が高まってしまうだろう
- Key Principles(重要な原則)
- 第一に、この種の業務において昨日のニュースが「今まさに起きていること」と混同されがちであることに気づかされる。その違いを見極めることが課題である。言い換えれば、古かったり不正確だったりするデータに基づいて将来を見据えた政策を策定していないか、現実を精査して確認しなければならない。また、断片的なデータポイントに依存すべきでもない。重要なのはトレンド(傾向)である。FRBの判断の拠り所となるデータは、可能な限り適切かつ最新で、正確、そして政策判断に資するものである必要がある
- 第二に、FRBの行動は経済の総需要側を総供給側とおおむね整合させることを意図しているが、我々が直接観測できるのは経済活動そのもので、供給側で実際に何が起きているかを直接見ることはできず、推測するしかない。したがって、総供給と総需要の現在および将来のバランスを評価することは、不確実性を伴う作業となる
- 第三に、誤解のないように申し上げるが、個人消費支出(PCE)価格指数で測定されるFRBの物価安定目標(2%)は確固たる固定的な目標である。物価安定は自動的に実現するものではなく、インフレ率が必ずしも平均値に回帰する(平均回帰性を持つ)わけでもない。物価を安定させることこそがFRBの責務なのである
- 第四に、FRBは最大雇用の実現に対しても責任を負っている。中期的に責務の両面を達成することは、どちらか一方を選ぶという二者択一の問題ではない。私は、FRBの二つの責務(dual mandate)が互いに相反するものだとは考えていない
- 第五に、短期金利は二つの責務を達成するための主要な手段である。経済活動を刺激するための非伝統的な政策は、真の危機的状況には適しているかもしれないが、それ以外の場合には、使用するとしても慎重かつ限定的であるべき
- 第六に、昨今ではあまり流行らない考え方かもしれないが、私は、金融政策において貨幣(money)が重要な役割を担っていると考えている。確かに、金融イノベーションなどの要因によって、マネタリー・ベース、貨幣の流通速度、実体経済を結びつけるメカニズムは変化しているが、だからといって金融環境や物価に対するマネーの究極的な影響を無視してよい理由にはならない
- 最後に、FRB(連邦準備制度)が過度な発信を控え、より意図的かつ明確なコミュニケーションを行うことは、その目標達成に資するものである。そして、我々に課された責務を果たすことによって、我々は説明責任を全うすることができ、それこそが、我々の信認が真に試される場なのである
- The Economy Today(今日の経済)
- こうした原則を踏まえ、私は今日の経済をどう見ているのか。足元の経済情勢は実際どうなっているのか
- 7月のFOMC(連邦公開市場委員会)議事要旨で、委員全員が共有していた見解は、労働市場は安定しており、生産も堅調であるものの、インフレ率は依然として高すぎるというもの
- 私個人としては、全体として経済のパフォーマンスが強化されているという印象を持っている
- FRBの責務の一つである雇用面において、米国経済は良好な状態にある
- もう一つの責務である物価の安定に関しては、数値から懸念すべき状況が見て取れる
- FRBがインフレ指標として重視するPCE(個人消費支出)価格指数の前年同月比上昇率は3.7%であり、直近6ヶ月間の変化率(年率換算)は4.1%となっている。CPI(消費者物価指数)に基づく同様の指標や、PCEおよびCPIのコア指数も高い水準にある。これらの指標に完璧なものは一つもないが、いずれも同様の状況を示唆している
- インフレ率は我々の目標である2%を上回っており、したがって現時点においてFRBが最も注力すべきは物価の問題であると言える
- 最近のデータは基調的なトレンドが有意に改善したことを示していない
- 誰も見落とすことのできないシグナルが一つある。65ヶ月間にわたり高水準のインフレが続いたことに対する責任は、中央銀行が全面的に負うべきもの
- 私の判断基準はこうです。基調的なインフレが、明確かつ十分なペースで目標に向かって動いていると確信できる必要があり、そうでなければ我々にはなすべき仕事がある。それこそが我々の務めであり、使命であり、そして果たすべき責務なのである
- Conclusion(まとめ)
- 今日、私がここに立っているのは、単なる決定(decision)のためではなく、ある種の規律(discipline)を貫くという決意に基づいている
- 極めて重要な局面においてこうした職務を担うのは、私や連邦準備制度(FRB)の同僚たちが初めてではない。私たちは、全力を尽くしてこの責務を全うし、与えられた時間を有意義なものにしようと決意している
同日の市場の動き
米国主要3株式指数

日中のS&P 500の動きを詳しく見てみると

ウォーシュ議長の講演が始まった10時からやや下落傾向。その後すぐに前日比上昇となったものの長くは続かず11時半頃から下落傾向となり、昼過ぎからはほぼ横ばいの推移で取引を終えている。
ウォーシュ議長の講演後にやや下落した理由はインフレ抑制に強い姿勢を示したことで利上げ可能性が高まったためと思われる。その後上昇した理由は今一つ定かではないが、これまでやや不明確だったウォーシュ議長の見解が明らかにされたこと、また米国経済の強さや中央銀行の役割明確化などの発言がある程度評価されたのかもしれない。ただ昼過ぎから再び下落に転じたのは、やはり金利上昇への懸念が市場に反映されたためだろう。
CMEのフェドウォッチツールにおける9月のFOMCでの金利政策確率はウォーシュ議長の講演を経た2026年8月28日の時点では
- 2026年8月28日の2026年9月FOMCでの政策金利確率
- 3.50%~3.75%(金利据え置き):43.0%
- 3.75%~4.00%(0.25%利上げ):57.0%
と前日の金利据え置き有力から利上げ有力と変化している。
米国10年債

ウォーシュ議長の講演が始まった米国東部夏時間10:00は上記チャートのCDT(米国中部夏時間)では9:00。
株式市場が下落した講演開始直後に利回りは上昇。そして株式市場が上昇に転じた局面では利回り低下となったが、株式市場の昼過ぎの下落よりも早い段階で利回りは再び上昇に転じ、そのまま高止まりして取引を終えている。
株式市場よりも政策金利利上げへの可能性の高まりに敏感に反応している様子が見て取れる。
ドル円為替

ウォーシュ議長の講演が行われた米国東部夏時間10:00は上記ドル円チャートのGMT+1(英国標準時+1)では15:00。
講演前までは1ドル=159.6円台ので推移が続いていたが、ウォーシュ議長の講演が始まるとドル高傾向になり1ドル=159.9円台に。その後もドル高基調が続き終盤にややドル安になったものの1ドル=160円台で週の取引を終えている。終値が1ドル=160円台となったのは7月末の為替介入による大幅変動前以来約1ヶ月振りのこと。
やはりウォーシュ議長の講演で政策金利の利上げが有力となり、日米金利差拡大を意識してドル高になったのだろう。
まとめ
以上、ウォーシュFRB議長のジャクソンホールでの講演と、それを受けての市場の動きについてまとめてみた。
株式市場の変動幅は限定的だったものの、10年債の利回りとドル円為替はそれなりの反応を示すという結果となった。身構えていた様な重大な発表/方針表明は特に無く、現時点ではウォーシュ議長がインフレ抑制を重点課題として念頭に置いていることは明確になったと思う。
全体的にはまずまず無難に重要イベントを乗り切った感はある一方、問題が先延ばしになった感もあり、今後の経済指標やそれに基づく9月FOMCでの政策金利がどうなるかの重要性が増した気がしている。
2026年9月のFOMCは15日、16日の開催であり、それまでには9月4日の米雇用統計、9月11日の米消費者物価指数(CPI)といった重要経済指標の発表がある(米PCEは9月FOMC開催後に発表)。これらの結果、そしてそれに伴い市場がどう反応するかに引き続き注意していきたい。