はじめに
昨日
2025年8月1日発動予定だった米国の相互関税がどうなったか
で2025年8月1日に発動予定だった米国の相互関税について整理した(実際の発動は基本的に7日後)が、その際
「8月1日の市場がどう反応するかにも注目(大統領令の内容が明らかになったのは米国市場閉場後)。ただ7月31日の米国市場閉場後に決算発表のあったアマゾン(AMZN)が時間外取引で大きく下落しているので関税以外でその影響が出るかもしれない。」
と書いていたのだが今にして思えばのんきな所感で、同日に発表された7月の米雇用統計が市場に大きな影響をもたらした(米雇用統計発表前の市場も前日比下落はしていたので多少の影響はあったが)。
米主要3株式指数がいずれも1%を超える下落となったのは、6月13日にイスラエルがイラン核関連施設を空爆した時以来。
以下、その内容を確認し何故市場が大きく下落したのかを整理しておくことにする。
2025年8月1日米労働省労働統計局(U.S. Bureau of Labor Statistics)発表の2025年7月米雇用統計
以下の情報は米労働省労働統計局の発表資料より引用・抜粋。
- 季節調整済み失業率は4.2%(前月は4.1%)、市場予想も4.2%
トランプ大統領の移民排除政策が労働市場から外国生まれの労働者を締め出し、労働参加率を押し下げると同時に失業率の上昇を抑えているとの見方もあるが、定かではない。
- 非農業部門雇用者数は7万3000人増、市場予想の10万4000人増を下回っている
一見すると5月、6月から増加している様に見えるのだが、実は5月のデータは今回14万4000人増から1万9000人増(13万5000人下方修正)、6月のデータは14万7000人増から1万4000人増(13万3000人下方修正)と大きく下方修正されている。
米労働統計局は5、6月分の「通常よりも大きい(large than normal)」下方修正の理由を明らかにしなかったが、「月次の修正は、推定値発表以降に企業や政府機関から受け取った追加報告と季節要因の再計算によるもの」としている。
米雇用統計発表後の動き
今回の米雇用統計発表後には関連する事柄に以下の動きがあった。
トランプ大統領が労働統計局長の解任を指示
今回の米雇用統計発表を受けてトランプ大統領がSNSに「このバイデン前大統領の政治任命者(Erika McEntarfer労働統計局長)を即時解任するよう、チームに指示した」と投稿。
その後トランプ大統領は、Lori Chavez-DeRemer労働長官がMcEntarfer労働統計局長の解任を支持するとともに、同局副局長William Wiatrowskiを局長代行に任命したことを明らかにしている。
労働統計局長は大統領に任命されるのだが、労働統計局は自らの業務を「独立」かつ「超党派的」と説明しており、市場はこの中立性こそがデータに対する国民や金融市場の信頼を支えていると見ているため、もしこの人事が実行されれば、この先データの信頼性を十分に確信することができなくなる可能性も出てくる。
FRBのAdriana Kugler理事が任期途中で辞任表明
米雇用統計と直接の関係は無い(米雇用統計がFRBの政策金利決定の一要素である点では関係あり)が、8月1日にFRBがAdriana Kugler理事が任期途中の8月8日付で辞任することを発表した。
Kugler理事は個人的な事情により7月29、30日のFOMCを欠席しており、理事辞任の理由については今のところ明らかにされていない。
Kugler理事の任期は2026年1月までだったが、任期満了前での辞任によりトランプ大統領がKugler理事の後任として、自身の利下げ要求に前向きな人物を指名する機会が前倒しで訪れることになった。
トランプ大統領はに記者団に対し、FRB理事ポストが一つ空くことについて「非常にうれしい」と述べ、Kugler理事が辞任を決めたのは金利政策を巡ってパウエル議長と「意見が合わなかった」からだと考えていると述べた(実際にはKugler理事の政策金利に関する公の立場はパウエル議長と同じ)。
またこの件に関してトランプ大統領は、「遅過ぎ」のパウエル氏は、バイデン前大統領が指名したKugler氏と同様に辞任すべきだ、と投稿している。
Kugler理事の後任としてトランプ大統領が利下げに前向きな人物を指名すれば、FRBに対する金利引き下げの圧力は強まり、FRBの独立性に対する懸念も高まる可能性がある。
同日の市場の動き
米国株式市場
今回の米雇用を受けて米国株式市場は冒頭の通り大きく下落。今回の米雇用統計は、非農業部門雇用者数の増加が市場予想に届かず、加えて5月、6月分が大幅下方修正されたこともあってFRBが堅調としていた労働市場の状況が実は悪化していたことの懸念が高まったため。またCMEフェドウォッチによると米雇用統計を受けて9月の米利下げ確率は前日の約38%から約80%に急上昇している。
米国10年債
米雇用統計が発表された米国東部夏時間8:30は上記チャートのCDT(米国中部夏時間)では7:30。
前日比でやや利回りが上昇して取引をスタートしたが、米雇用統計が発表されるとその内容(修正含む)からこれまで堅調と認識されていた労働市況が実はそうではなかったかもしれないと捉えられ、比較的安全資産と目される米国債に資金が流入(つまり買われた)したため利回りが大幅低下したものと思われる。
ドル円為替
米雇用統計が発表された米国東部夏時間8:30は上記チャートのGMT+1(英国標準時+1)では13:30。
2日前のFOMC(及びその後の日銀政策決定会合/植田総裁の発言)を受けて1ドル=150円前後で推移していたドル円為替だが、米雇用統計の発表と共に9月の利下げ観測が有力となったため急速にドル安となり、1ドル=147円台前半で推移している。
まとめ
今回の米雇用統計はその内容も市場の動きも想定外。
まず僅か2日前のFOMCで「堅調」とされていた労働市場が、実はそうではなかった可能性が高いという点が大きい。トランプ政権の関税政策にもかかわらず5月以降株式市場が堅調であり、FRBが金利を維持してきたのは、労働市場の堅調さに拠る所も大きかっただけに、その前提そのものが崩れる可能性がある。
「この6月第1週に顕著な様に、どうもここ最近の米国市場は経済指標や各種出来事に対して以前の様に敏感に反応するのではなく、その影響が明確になるのを待つ/様子見するという姿勢が強まっている気がする(考えてみるとFRBの政策金利に関するスタンスもそれに近いものがあるかもしれない)。」
と書いていただけに一つの経済指標でこれだけ市場が大きく変動した点にも驚かされた。ただ同じまとめで
「ただこの様子見状態は長く続くものではなく、現在はまちまちなものが多い経済指標に何らかの明らかな傾向が反映されてくる、あるいはトランプ政権の政策に顕著な影響が見込まれるものが出てくると大幅に変動する可能性を秘めていると思われる。」
とも書いており、今回の米雇用統計がここ最近の経済指標の流れを変えるものになった可能性もある。
加えて、トランプ大統領による労働統計局長の解任指示、FRBクーグラー理事の任期前辞任も上述した様に労働統計局、FRBの中立性が損なわれる可能性もある(あるいは市場がそう捉える)点も今後の懸念材料。
今後は8月7日から始まる米国の新たな相互関税の影響、中国を含む未だ相互関税率が合意に至っていない国との交渉の行方などに加えて、これからの経済指標が今回の米雇用統計と同様な結果となるのか、それとも米雇用統計前までの様に堅調な経済状況を示すのかが注目される。いずれにせよ週明けの市場がどう反応するのか戦々恐々としているのだが、何とか続落はせずに持ちこたえてくれることを願いたい。